エコとマグロとタイ
おはようございます。野球部の後輩である、エコ君の歌に感動している日南太です。
ぜり、インスタのアカウントを見つけて聴いてみて下さい。
野球部の頃から、その綺麗な歌声でみんなを驚かせていました。羨ましいぐらい歌の才能を持っています。
さて。
今日はそんな、才能のお話をしたいと思います。
エコ君は明らかに他の人とは違う歌の才能を持っています。生で聴いたらほんと体感するんですけど、声の質が違うというか、なんでこんなに聴き心地がいいの?て感じ。
しかし彼は、生まれ持った歌の才能だけでここまできているわけではありません。エコ君とはあんまり関わったことも、特別仲が良かったわけでもなく、話したこともそんなにないのですが、おそらく周りの誰よりも音楽が好きで、誰よりも歌を歌ってきたんじゃないかな。
誰よりも努力しているんだと思います。
つまり、後天的に歌の才能を伸ばしたということです。
しかし人はその努力なんて知る由もなく、全てを先天的な才能、つまり生まれ持った才能のおかげだと思ってしまいがちです。
努力に一切目を向けず。
「〇〇は天才だからあんなことができるんだ。」
よく聞くこのセリフって、その心の現れですよね。
今朝、“才能”について調べてみました。
才能とは?
『ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力。』
あ、そーなん?才能って、生まれ持ったものをいうんかと思ってた。
“訓練によって発揮される” つまるところ、後天的に新しい才能を身につけたり、伸ばすことは十分可能であるということ。
そして、その才能を伸ばす1番手っ取り早い方法は
“欲しい才能が手に入る環境に身を置く”ことですよね。
鳥は空を飛ぶ必要があったから羽を生やして空を飛んだ。
肉食動物は肉を噛み引きちぎる必要があったから鋭い牙を生やした。
マグロはずっと泳ぎ続ける必要があるから赤筋だらけになった。
一方タイは長く泳ぐ必要がなく、素早く泳がなければいけなかったから白筋だらけになった。
であるならば、
才能とは、環境に適応しようとして後天的に身につけたものであり、常に環境が先であるということ。
才能とは、後天的な影響の方が大きいということ。
面白いですよね。これから、どの環境に身を置くかで身につく才能が違うんです。
もしマグロが、タイやヒラメと同じ近海の海にほっぽり出されたら、きっと苦しい思いをするでしょう。
「ボクはもっと、ゆっくりと自分のペースで、いろんな所を泳ぎたいんだ。泳ぎ続けたいんだ。」
生きづらいことでしょう。
しかし、もしマグロが
「ボクももっとタイやヒラメのように、素早く泳げるようになりたい。赤筋ばかりしか持っていないけれど、おれもあぁなりたい。」
と言い出したら、
怖いかもしれないけど、近海に入ることが1番早い。タイやヒラメを真似て、試行錯誤して、そのうち速く泳げるようになれるかもしれない。そのままマグロしかいない海にいるよりかは、明らかに速く泳げるようになるでしょう。
ちょっとありえもしないワケがわからない例えになってしまったけど。。笑
魚の世界だったらこんな単純な話ですみますが、僕ら人間の世界はそうはいきません。
様々な環境がありすぎるんですよね。
だから、自分はどんな才能を持っているのか、どこが1番輝けるのか、自分自身でもわかっていないことがほとんどです。
小さい頃に憧れを抱いたもの、なんとなく好きだったもの。それに固執して、生きづらい環境で生きてしまっているなんてこと、ザラです。
とにかく自分を知ること。才能を持ってるか持ってないかなんて、やってみないとわかりません。そのためにはとにかくいろんなことに挑戦するしかないですよね。
やる前からダメだと思うことと、やってみてダメだとわかることは、違うと思います。
限りなく、僕は後者でいたいですね。
自分に適した環境に身を置くこと。
それでいて、自分が身につけたいと思う才能が手に入る環境に身を投げだすこと。
この2つを使って、才能と向き合っていきたいと思います。
どんな環境に身を置こうかなぁ🤔
人それぞれ、いろんな環境で頑張ってますね。
僕も頑張ります。
あなたも頑張って。
ウォーキングマシンからは以上でーす。